こんにちは。うさぎです。入試が迷走していますね。英語の民間試験の活用をするとかしないとか受験生にとっては、とても大変な問題ですよね。私は浪人した時に、ちょうど学習指導要領が大きく変わって、センター試験では、移行措置が取られたために問題が2通り用意されたり、会場がだいたいは男女でわけられるのを、現役、浪人生で分け、東大が浪人生用だったらしく会場の東大で浪人していた友達にたくさん出くわしたりと思い出深いです。

入試に関しては制度や範囲が変わることはよくあります。変わることでストレスを感じる受験生も多いと思いますが、みんな同じ条件なので頑張りましょう。

大切なのは、変化したことを知っておくことです。現役生は学校で進路指導で教えてもらえると思いますが、浪人生とくに宅浪生は自分で調べない限り情報は手に入らないので、注意が必要になります。

さて、今日は、駿台予備校の市谷校舎について書きます。

市谷校舎

駿台予備校はいわずとしれた大学受験予備校である。本校はお茶の水にあり、北は北海道から南は福岡までと全国に多く校舎がある。

その駿台予備校の中でも、お茶の水にある3号館と市谷校舎はほかの校舎と比べて違う点がある。

お茶の水3号館(通称3号館)は東大専門の校舎、市谷校舎は医学部専門校舎になる。

3号館に通うということは、東大を志望しているという意味であり、市谷校舎に通うということは医学部を志望しているということになる。

私は1浪のときは片道1時間半以上かけて埼玉から市谷校舎に通っていた。学生寮に入り下宿をして通う人もいる。全国から医学部に入りたり生徒がたくさん通っている。今の北大医学部の同期にも市谷校舎出身がたくさんいる。医学部をめざして浪人したいとなれば、駿台予備校の市谷校舎は必ずと言ってもいいほど名前が上がるし、河合宿の麴町校舎も同様だ。

市谷校舎は浪人生が約1500人通ってる。コースが2つ存在し、9割以上がスーパーコースとよばれるコースに在籍する。スーパークラスは成績順に6クラスに分けられ、1回のクラス替えがある。正直、医学部合格レベルにいるのは、上の2クラスだけだ。下位3クラスとなると医学部に入ることは正直不可能に近い。講師にも差がある。上の2クラスには駿台の人気講師が割り当てられる。また、上位3クラスと下位3クラスではテキストも違う。シビアな世界だ。

私は入塾テストの成績がよく、最初は一番上のクラスにいた。そのとき、クラス担任にいわれた。「6クラスある中でこのクラスが一番、偏差値の差があるクラスです。一番上は偏差値80越え、下は60程度でしょう。偏差値65(偏差値65は医学部で言うと北大や広島大学、筑波大学、東大だと理科一類)を切ったら猛省してください。東大は5人は出ないでしょう。東京医科歯科は10人。京都、大阪はそもそも志望がすくないので、3人程度。今言ったどれかに入りたい人は、校舎順位で20位以内をキープしてください。校舎順位が50位以内であれば旧帝大の医学部に入れるでしょう。100位以内であれば、国公立大学の医学部に。

でも、センター試験で失敗したら、厳しいですね。1つ下のクラスのトップはこのクラスのビリよりは絶対にいいところに合格します。」目が笑っていなくとても怖かった。生徒もみんなギラギラしている。

正直、私は市谷校舎は好きではない。ギラギラしすぎている。受験は闘いでだれか一人をおとして自分が合格する。そういった気概を感じる。また、クラス担任や講師がそれを増大させている気がする。

全国一位

市谷校舎では模試の結果が出るごとに校内順位が発表される。私も物理で記載されたことがある。

市谷校舎に入って最初の模試で、校内で1位の子の名前は、解説返却の際に一緒の配られた「解答・解説・採点講評」の後ろに掲載された成績優秀者にもあり、全国順位は1位だった。彼女はその後の模試では失速することになるが。

彼女のように校内で上位にいる人というのは、誰が言いだしたでもないが、あの人が○○さんだと噂されるようになる。どこの大学を志望しているのかどんな問題集を使って勉強しているのかみんなそれとなく気にしている。

私が市谷校舎で浪人していた1年間で総合的にみた1位はYさんという京都大学の志望者だった。私もだれから教えてもらったかは覚えてないが、風のうわさで聞いた。

彼は早いうちから授業を切っていた。そして、切った授業時間は自習室に籠り、自習をしていた。そして、放課後になると講師室に行き自分の解答を持っていき先生に添削をしてもらっていた。彼はもっとも予備校を、講師を有効活用していた一人ではなかっただろうか。彼は、次の年講習で市谷校舎に行ったときに、合格者短冊が貼ってあり、京都大学に合格していた。

東大理科Ⅲ類に合格する人

私が市谷校舎に通っていた時にできた友達で、東大理科Ⅲ類(東大医学部)に合格した子がいた。彼女とは、出身が埼玉県で同じく私の通っていた学校の近くに住んでいたことで仲良くなった。彼女は初めから東大に行きたいと言っていた。ただ、正直にいうと彼女の成績は東大に合格することを考えるとあまりよくなかった。市谷校舎でも成績は15位くらい。本人も東大は無理かもと言っていた。クラス担任にもそのようなことを言われたそうだ。センター試験後にあったときに東大に出願することを聞いた。彼女は結局東大に合格した。

駿台は合格すると、希望者だけだが、合格した校舎で担任や講師とともに写真をとり、1年間校舎に掲載されることが慣習になっている。2浪目に市谷校舎に訪問した時、校舎にはたくさん張られている。市谷校舎の壁を見て思ったことがある。それは、「ある程度成績順に合格していく」ということだ。上から2番目のクラスから東京医科歯科大学に合格している人がいた。一番上のクラスの人で東京医科歯科大学に受からなかった人は、一人や二人ではないはずだ。そういったことはめずらしいことではない。さすがに、市谷校舎の一番下のクラスの人が東大や京大に合格することはまずない。東大に合格できる人が京大に合格できるか、東京医科大学に合格できる人が千葉大学に合格できるか、必ずしもそうとは言えない。北海道大学に合格できた人が、札幌医科大学に合格できるとは言い切れないのである。模試の順位や市谷校舎内での順位はあくまで模試の成績が良かったことの証明でしかない。

医学部といえども、大学によって問題の傾向は大きく違う。自分が第一志望とする大学に合格するには、まずは敵をしり、自分を知り、なにをするかを見定めることが必要だ。

市谷校舎に優秀な学生が多くいた、みんなそれぞれ異なった勉強法で合格していった。ただ、全員に共通していたのは、みんなかなりの量の演習をこなしていたことだ。

市谷校舎では様々なことが学べた。講師の質も最上級だった。でも一番学んだのはほかの学生の勉強に対する姿勢だったと思う。