東北医科薬科大学とは

2016年、東北薬科大学に医学部が新設され東北医科薬科大学となった。

2016年の受験は東北医科薬科大学最初の受験。学費が6年間で総額3400万円だが、最大3000万円の奨学金がもらえ、400万円程度で、国公立大学と同程度の金額で医学部を卒業できるという触れ込みがあった。そのために、金銭的な理由で私立大学の医学部を受験できない受験生や受験校の選択肢が少なかった受験生にとってはとても魅力的であり、立地も仙台と都内からのアクセスがよかった。ネックとしては、そもそもこの医学部は東北地方の医師不足を解消するために新設されたものであり、卒後に東北地方の僻地医療に従事されられることであった。

それでも、魅力的な学費から志願者はおおく、駿台が当時出していた偏差値は昭和大学と東邦大学の間くらいであった。上位医学部といえる偏差値が出されていた。

対策ができない

東北医科薬科大学は新設であったために、どんな問題が出されるか全くわからなかった。

東北薬科大学時代の問題を解けという先生もいたが、正直、マークなのか自由回答なのかわからなかった。ただし、試験が近くなると、大学側からマークでの解答であるという発表がされた。

もちろん、参考となる過去問はない。対策はできない。マークと言ってもピンキリである。私は、同じくマークで偏差値も近い東邦大学の問題をやることで東北医科薬科大学の対策とした。

みんな同じ条件なので、焦ることはないと考えていた。新設の大学の対策はしても意味がない。大学からのアナウンスを見逃さないことが大切である。

始めていく会場に混乱の筆記試験

東北医科薬科大学の受験も五反田のTKCビルだろうと思っていたが、渋谷の始めていく貸会場だった。定員100人に対して出願者は約2500人。入試方法がとても複雑で倍率は入試方法によって異なっていた。その受験生が3か所に分けられて受験をした。私のいた渋谷の会場はそこまで人数は多くなかった気がする。

いつものTKCビルに比べるとずっと少ない。小さい部屋に分けられていたために、暖房なども快適だった。

いざ入試が始まると、問題自体は難しく、拍子抜けする者だった。センター試験とまでは言わないが、簡単な問題がならび、問題のレベルで言えば間違いなく易しい。受験者層にたいして問題が簡単だった。問題数を多くない。時間が余るか、足りないということはない。そのために、受験中に『これは高得点の争いになる』と思った。ミスが許されないタイプの問題だった。しかし、一番大変だったのは、問題に訂正が入ったことだった。入試会場で問題の訂正が入ることは珍しいことではない。会場に設置されたホワイトボードにその訂正がかかれたが、小さくて読めないという学生が多く、見えなかった学生に試験官がいちいち紙をもって問題を見せに行くという事態が生じたために、会場はざわざわとしていた。

問題の内容よりも、そっちの方が目立ってしまった筆記試験だった。どんな試験であれ、訂正が入ることは珍しくない。訂正する際の大学側の手際は受験生にとって大きな影響を与える。

不慣れな面接

私は1次試験を突破して、2次試験の面接試験に臨んだ。2次試験は大学で、つまり仙台で行われた。新幹線で仙台に行き、面接試験を受けた。

面接については、東北地方の医療の問題点や埼玉からどうしてこの大学に来たいと思ったのかといったことが聞かれた。特に圧迫面接がされるというわけでなかった。しかし、面接試験になれていたのか、急ごしらえだったのか、面接が研究室で行われた。

普通、面接試験となると、何もない教室などに面接官用の机や椅子、受験生用の椅子が設営されることがほとんどだ。東北医科薬科大学は、面接官の先生が普段使っている部屋で行われた。周りに本や机など、ごちゃごちゃした部屋が直前の待機場所で、面接自体は小さな部屋で私に対して面接官二人で行われた。時間は10分程度だったと記憶する。

5年くらいは様子見

東北医科薬科大学は次の年は、筆記試験の難易度が急激に上がったらしい。面接も多分よくなっているだろう。このように新設校は問題の難易度や面接の内容が安定しない。模索中ということになる。東北医科薬科大学に医学部が新設された翌年に千葉の国際医療福祉大学にも医学部が新設された、こちらは今年で4年目の入試になる。

それ以降は医学部は新設されていない。ただ、いつ新設されるかはわからない。 新設された場合は焦る必要はない。みんな同じ条件であるし、大学側も手探り状態なのだ