2020年ノーベル化学賞~CRISPR-Cas9とゲノム編集の知っておくべきポイント~

はじめに

こんにちは。はじめまして。

新たに生物を担当することになった なっとう です。よろしくお願いします。

私のブログでは、生物に関する面白いトピックをできるだけ大学入試と絡めて解説したり、自分なりの生物の勉強法を紹介したりしていきたいと思います。生物に興味のある方や医学部を志している方、どちらでもない方にも興味を持ってもらえるような記事を目指して頑張ります!

今日のトピック:2020年ノーベル化学賞

記念すべき初回のトピックは、先日発表されたノーベル化学賞についてです。

今年も日本人が受賞なるか注目されていたノーベル賞ですが、2020年のノーベル化学賞は、ドイツ・マックスプランク研究所のエマニュエル・シャルパンティエ教授(51)と米カリフォルニア大バークリー校のジェニファー・ダウドナ教授に送られることが10月7日に発表されました。この2人はCRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)という技術を開発し、ゲノム編集に革新をもたらしました。CRISPR-Cas9やゲノム編集は今や医療を含む様々な分野で注目されており、医学部入試の後期の小論文などでもゲノム編集が題材になることがあるので、知っておいて損はないでしょう。一番下に参考にした文献情報を記載するので、詳しく学びたい人はそちらも読んでみてください。

CRISPR-Cas9とは:CRISPR(ゲノム中の配列)とCas(タンパク質)の共同システム

そもそもCRISPR-Cas9技術とは何かというと、CRISPR-Casシステムという細菌や古細菌の免疫システムを利用したゲノム編集技術です。CRISPRは、多くの細菌や古細菌のゲノム中で見つかった配列で、その特徴は

・染色体上の遺伝子のない領域に存在する

・相同性の高い(よく似ている)短い反復配列が多数並び、その間に相同性のないスペーサー配列が散在している

となっています(図1を参照)。1987年にCRISPRの存在が最初に報告されてから研究が進み(ちなみにこのときCRISPRを報告したのが当時大腸菌の遺伝子を研究していた石野教授らです)、さらにCRISPR領域の近くに存在するcas遺伝子から作られる複数種類のCas(CRISPR-associated:CRISPR関連)タンパク質がCRISPRと共同して働くことがわかりました。後に、CRISPR-Casの共同システムは真核生物に見られるRNA干渉と同じような働きをし、細菌や古細菌に侵入するウイルスなどから細胞を守る免疫系としての働きがあると解明されました。

図1.CRISPRの構造。参考文献(1)より引用。

CRISPR-Casシステム:どのように免疫系として機能するのか?

細菌や古細菌の細胞内にウイルスDNAが侵入すると、そのDNA断片がCas1などの特定のCasタンパクによってCRISPR中のスペーサーに挿入されます。CRISPRは転写されてcrRNA(CRISPR RNA)ができ、crRNAがCas9などの他の種類のCasタンパクと結合します。再度細胞が同じウイルスDNAに侵入されると、相補的な配列をもつcrRNAがそれを見つけ出し、CasタンパクによってウイルスDNAは切断されます(図2を参照)。このようにして細菌や古細菌は自らをウイルスの侵入から防いでいるのです。

このCRISPR-CasシステムのcrRNAの代わりに人工的に合成したガイドRNAをCas9と結合させると、ガイドRNAと相補的な配列をもつDNA配列をCas9は切断します。つまり、好きなDNA配列を指定して切断することができるのです。これがCRISPR-Cas9の原理です。

図2.CRISPR-Casシステムの作用機序。参考文献(1)より引用。

 

CRISPR-Cas9の応用例

それでは、このCRISPR-Cas9技術の開発によってどのようなことが可能になったのでしょうか?

多くの生物学者による研究のゴールの1つに、私たちの体を形成し生命活動を維持させている遺伝子について、その塩基配列と作られるタンパク質、そしてその機能を解明することがあります。遺伝子の機能を解析するには、基本的にその遺伝子を破壊した機能欠損変異体を作製し、その個体にどのような影響が出るか調べます。従来の方法では遺伝子の破壊がランダムであったり確率が低かったりしたため、変異体の作製効率はそれほど良くありませんでした。しかしCRISPR-Cas9の登場により、調べたい目的の遺伝子を高確率で破壊し機能欠損変異体を作製できるようになったのです。これは遺伝子の機能解析に革新をもたらしました。さらに、CRISPR-Cas9を使うときに人工的に作った遺伝子を導入すると、相同組換えにより人工的な遺伝子がゲノムに組み込まれます。これはつまり、遺伝子を自由にカスタマイズできるということです。

さて、このCRISPR-Cas9によるゲノム編集技術を人間の受精卵で使用するとどうなるでしょう。極論を言えば、身長などの身体的特徴や、知能や性格などの精神的特徴を決定するような遺伝子を自分好みのものに変えたゲノムをもつ子どもを産むことができます。このようにゲノム編集は素晴らしい技術である一方で、危険な一面もあります。ゲノム編集の是非については分野によってまだまだ議論する余地があると思いますし、医学部入試の小論文などでテーマとしてゲノム編集が扱われることもあるので、ゲノム編集について自分の意見を一度まとめてみてもいいかもしれません。

参考にした文献:

(1)Ishino Y, Krupovic M, Forterre P. (2018) History of CRISPR-Cas from Encounter with a Mysterious Repeated Sequence to Genome Editing Technology. Journal of Bacteriology 200

URL: https://jb.asm.org/content/200/7/e00580-17

(2)「細胞の分子生物学 第6版」 中村桂子・松原謙一 監訳, 2017年, ニュートンプレス, p.494-498

 

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