今回は、他国のワクチン開発に伴い、高上代表である私が、このコロナ禍に想ったことを書き留めておきます。後年自分でも読み返せるように。

 

ワクチンについて。

 

アメリカもイギリスもワクチンがほぼ完成か。方や日本など、そういうの他国の開発に対して、自称専門家の人間が、

「まだまだ安全性に疑問符が付く」

だとか、

「副作用が怖い」

とか言ってて、ケチを付けるだけで自分たちはなんにもできていない。

 

日本の政治について

政治家も同様だ。我慢強い国民に甘えて、自粛要請ばかり。スズメの涙程度の補助金しか出せてないのに。結局は経済縮小に伴う派遣切りを引き起こし、自殺者を増やしている。鈴木知事など、

「すすきのを守る」

と宣わっているが、もうつぶれた多くの店の従業員に対して、なんと声をかけるつもりか?何か保証ができるのか? 病院がひっ迫するという理由で、経済を停滞させてどうするのか?

日本では、国民に対する移動制限などはできないと前首相も言っていたが、違うであろう。正確には、できるけれども、政治的に大きな代償を伴うからできないことにしていただけで、実際にはやってできないこともないのだろう。「公共の福祉に反する」という名目のもとに。結局、任期途中で総理の座を投げ出した人の精神は、そういう弱気な発言にも出ていたのであろう。

現在の日本で、新型コロナで死んでいるのはもう人生をかなり全うしたであろう齢80過ぎた高齢者が中心である。もちろん人の死が哀しいということはわかっているが、それでこれ以上経済を止めて、若者の自殺増やす理由にはならない。

私はこういう仕事をしているから、大学生とかかわることも多いが、ほとんどがみな鬱屈とした閉塞感に押しつぶされそうになっている。精神的に健康な大学生の方が少ないのではないか?というくらい。若者はみな苦しんでいる。新型コロナだけの所為ではない。政治家の無力によって引き起こされた現状によって、である。

 

科学力の差と大学受験の関連について

日本と海外ではワクチン開発一つとったって、相当に差がある。人材や資金力などいろんな問題があるが、塾の講師として言わせてもらえば、大学受験制度の失敗がなかろうか?

この仕事をしてみて嬉しかったことの一つに、英語が苦手という学生たちも、私の生徒であれば、それぞれに大学に行く意義を見出し、自分の好きな科目、得意な科目は特に他人に強制されるでもなく勉強を自ずからしていることだった。

そんな学生に、苦手な科目(英語なら英語、数学なら数学でいい)を強制して、落としていったい何になるのか?

好きな科目と、日本人である以上現代文の二科目を重点的に試験に課す内容にいったい何の不備があるのか?

記述式の見送りに関してもそう。

マーク形式でまぐれで正解したものと、きちんと勉強して正解したものに同じ点数が与えられる。これのどこが平等なのか? 記述式であれば、表面的な採点の公平性は、マーク式には劣るが、生徒の努力を測ろうと思ったら、はるかに公平に評価することができるのに。

保守的な講師、教職員たちは現在の受験体制に固執している者が多いが、英語であれば講師本人の無能で話せない、数学であれば、講師本人が記述式の指導ができない等。要は、教育でこのまま楽して金を稼ぐために、反対しているようにしか見えないものが多々いる。

人に指導をしようと思ったら、自身も勉強する必要があるのは当たり前のことなのに。

結果、日本では、優秀な理系の才能を持った多くの若者たちが、英語ができない、古文ができない、漢文が分からない、社会科が覚えられないという理由で、国公立の大学に入れないで涙を呑んで去っていく。そんな現実が、ワクチン開発に関係ないなど誰が言えようか?

 

いつまで続くのか?

毎日1000人もの死者が出ている国から、死者が全国で10人から30人程度の国で、ワクチンを大量に買うのは難しいし、非人道的だとさえ思われる。

科学力も負けてるし、開発に金も出してない。アメリカは2兆で日本は2000億。この分だと今の状況があと2年は続いて、終息までに第8波くらい来る気さえする。

実に憂うべき事態。

私は英語の求道者であり、趣味に数学を楽しんでいるような人間なので、コロナ禍などというものにもそうそう動じていないし、今の状況があと二年続いても大した影響は出ないだろう。

それこそ読んで字のごとく、一人でさらに先に進むだけ。

ただ若者は見ていて気の毒である。

ジャニーズのコンサートに行けないと嘆く若い女の子たち。お客さんが少ないと嘆く居酒屋さん。従業員にコロナ感染者がでて、対応に追われる店長さん。マスク着用を求めて、客とトラブルになっている店主たち。せっかく来てくれるお客さんにマスク着用を強要するなど、したくしているわけではないだろうに。

本当にただ気の毒である。

ただ、できないことばかり見ていても仕方ない。

こういうときは、こんな状況でも、できることを見てみてはいいのではないだろうか?

高上代表 佐藤一行